実務翻訳雑記帳

特許・技術・法務系の和英翻訳ノート

可算名詞と不可算名詞

大学の第二外国語とかで、ドイツ語やフランス語やると、名詞に性があったり、格変化があったりで驚きます。英語にもないわけではないですが、かなり希薄になってますよね。

でも、単数複数の別はしっかりありますし、そもそも、可算名詞と不可算名詞の区別が難しいです。

日本語が母言語の人なら、翻訳は、まず英日の方向から始めることになると思います。私も最初は英日から始めました。当時は、『リーダース』と『リーダース・プラス』が便利で、かなり万能な辞書と思って、愛用していました。

それが、日英を少しずつ手がけるようになると、リーダースには可算名詞と不可算名詞の区別が載ってなくて、困りました。

インプット中心でオベンキョーしてるときには、可算・不可算、あまり意識しないんですけど、実際に作文してみると、冠詞をどうするかでつまずきます。当然のことながら、冠詞を正しく使うには、大前提として、名詞の可算・不可算をはっきりさせなければなりません。

そうすると、『ジーニアス英和大辞典』などの、可算・不可算が載っている辞書に手が伸びるようになります。

こうして、可算・不可算の別が気になりだすと、英文を読んでいるときにも、そういう視点で読むので、いままで見落としていたその角度の情報が、どんどん入ってくるようになります。

逆に言うと、それが気にならないうちは、多読しても身につきにくいということかもしれません。

新たな角度で英語と向き合ううちに、学習者としての視野がほんの少しだけ広くなり、日本語と英語とで、世界の切り取り方が違うということに気づいてきます。

 

英英辞典でも、ネイティブ・スピーカー用の辞書は、可算・不可算の別が載ってません。本来は、辞書で定義するようなものじゃなくて、用法的な状況によって、可算・不可算が自然に決まってくる、といった意識がはたらいてるのでしょうか。

それでも、学習者用の英英辞典には、可算・不可算の別を載せてくれているので、Merriam-Webster Learner's Dictionaryとか、重宝しています。スマホアプリ、Web版、紙の冊子の3通りを、何かというと引いてます。

 

特許翻訳では、information, data, equipmentなんかが、よく使う不可算名詞だと思います。

日本語で明細書を書くときに、情報、データなど、どれも普通に数えられる感覚で書くと思うので、その個数が問題になる場合、
a piece of information
a data item
というように、いろいろ工夫することになります。

dataは、もともとはdatumの複数形なわけですが、技術系の文書だと不可算扱いが多いです。なので、a data itemとか、場合によってはa piece of dataと表現したりすることに…。

装置のequipmentも不可算なので、用語が選べるのであれば、apparatusやdeviceを、可算扱いで使うことが多いです。

英訳をやりだすと、このあたりが気になってしかたがなくなります。

たまには、特許技術者の仕事もするのですが、日本語で日本語明細書を起案するときにも、日本語の用語を決める段階で、既に、頭のどこかで、英訳されると不可算名詞で面倒だなぁとか、余計なことを考えてしまいます。

そのぐらい思いつめないと可算・不可算とか単数複数とか、世界の切り取り方の違う言語は身につかないかな、とは思います。

 

英語の視点で世界が切り分けられるようになり、英語が正確に読み解けるようになってはじめて、ほんとうの意味での英日翻訳のスタートラインに立つのでしょうね。

なので、駆け出しの頃のなんちゃって英日、そしてハードルの高かった日英を経て、最終的には、本当に高品質の英日をきっちりできるようになりたいなぁと、思うこの頃です。

翻訳作業の実際(翻訳メモリ)

翻訳メモリというのは、原文と訳文とのペアを文単位で記録しておき、以後の翻訳に再利用しようとするものです。

新たに訳そうとする箇所が、既に訳したところと類似しているときには、対応する訳文を引っ張ってきて、それを修正する方式で、訳文を完成させます。

ソフトウェアのローカリゼーション分野から普及が始まり、特許翻訳でも、特に日英分野で、Trados指定されることが増えてきました。某大手特許事務所がTrados導入してから、普及が加速しています。

和訳の場合、日本語は漢字と仮名のどちらを使うかとか、送り仮名をどうするかなど、表記の揺れがかなりあります。なので、参照すべき翻訳メモリに表記の揺れがあると、それを再利用する際にも、手間がかかって大変です。

共同通信の『記者ハンドブック』をガイドラインとして絶対視する人も多いですが、必ずしも実務翻訳全般に徹底しているわけではありません。個人的には、違和感を覚える箇所も多いです。

そんなこともあって、和訳案件は敬遠しがちで…。

翻訳メモリは、英訳に使った方がストレスなく効率的と思います。

同じ表現を含む箇所をフィルタリングしたりする機能は、使ってみるとかなり便利です。大規模案件の表現の統一が楽になります。

それと、文などのセグメント単位で対訳表示できるので、翻訳後のチェックもやりやすいですね。

翻訳メモリを使いこなしている人は、メモリを蓄積して品質上のメンテナンスにも手間をかけるらしいです。

私は今のところ、翻訳メモリに完全に依存するやり方にはしていないので、ひとつの案件の範囲内で、表現が統一できればいいかな、という感覚で、案件単位と割り切って使います。なので、メモリのメンテナンスとかはしないです。

製品としては、Tradosがデファクト・スタンダードなので、これから導入する人は、Tradosということになるのでしょうね。

私もTradosで作業していたこともあるのですが、どうも複雑で好きになれません。あと、オレたちのやり方に合わせろと言わんばかりの上から目線の会社の姿勢に、マイクロソフト的な気味の悪さがあって、できればおつきあいしたくない文化です。

いきなりTrados買う勇気がない人は、Memsourceを試してみるといいんじゃないかな。無料で十分使えるし、なによりもシンプルなのがいいです。

Memsourceは、クラウド式の翻訳メモリで、メモリや用語集はクラウドで管理して、実際に作業するエディタは、PCにダウンロードしてもいいし、Webエディタを使うこともできます。

これで、ある程度まとまった分量を訳してみると、どんなところが便利なのか、実感が湧くと思います。

ただし、セキュリティにうるさい取引先だと、クラウドにデータを置くことを許さないことも多いので、勉強ならともかく、実案件にはMemsourceを使えないことも多いです。

Memsourceでなじんだら、結局はTrados買って、あの複雑な代物に取り組むということになるのかな。

私は今のところ、Trados案件打診されても、「Trados嫌です~」とかわがまま言って、Wordでフツウに納品したりしてますけど、あれはその後どんなふうに管理されてるんだろう…。

海外では、Wordfast使ってる人もいますが、個人的には、フリーソフトOmegaTが好きです。

フォーカスしてるセグメントのテキストファイルを吐き出してくれたりするので、使い慣れたテキストエディタを併用することもできます。スクリプト書く人なら、いろいろチューニングする楽しみもありますよ。

翻訳メモリは、プロジェクト全体をマネジメントする視点からも、有用な技術なのですが、クラウド化の方向は、この流れに親和的です。各社単位で、サーバーやセキュリティを完全にまかなうよりも、外注したほうが楽ですし、コストも安くなるでしょう。

Tradosは、先行者の強みもあるけど、逆に、それが足枷となって、新しい流れに取り残されるかもですね。

末端の翻訳者としては、だんだん管理がキツくなりそうで、ちょっと嫌なんですけど、この流れを止めることはできなさそうです。

翻訳作業の実際(用語一括置換+並べ替え)

翻訳作業の手順は、翻訳者によって様々だと思いますが、最近は、Tradosなどの翻訳メモリが急速に普及していますね。

ソフトウェア系のローカライズ翻訳などでは、Trados使わない人はいないのではないかな。

翻訳メモリについては、また書こうと思いますが、まずは、翻訳メモリ登場以前の典型的な作業手順を紹介してみます。

人によって、呼び方は様々ですが、仮に「用語一括置換+並べ替え」とでもいっておきましょう。

まず、重要な用語を対訳式の用語集にまとめておき、その用語集に基づいて、原稿データ中の該当用語を一括置換するのですね。

そして、バイリンガル的にごちゃごちゃになったデータを、並べ替えながら訳文を仕上げていくというものです。

特許翻訳では、水野麻子さんが、Wordマクロで一括置換するやり方を紹介してこられたので、この方式がかなり普及したと思います。

現在は、新田順也さんが、それを継承して、ぱらぱらなどのツールとしてまとめておられます。

Wordで作業するのが苦にならない人は、こうした手法が参考になるかと思います。

でも、Wordってイライラしませんか? やはり、テキストエディタで作業したいですよね。

Wordで支給された原稿ファイルを、テキストファイルに変換して、テキストエディタで「用語一括置換+並べ替え」して、最後にWordに貼り付けて納品という、キセル方式にすれば、できるだけWordをさわらずに済みます(笑)

テキストエディタで作業したい人は、Buckeyeさんの、SimplyTermsが、用語置換とかに有用です。

このSimplyTermsもずいぶん使わせてもらったのですが、私にとっては高機能すぎるのと、あと、特許用にちょっと別の機能を足したいということもあって、今では、自分で書いた簡単なスクリプトWSHJscript)で、作業するようになりましたが。

ちなみに、足した機能は、参照符号をキーにしたスニペットみたいなもので、需要があれば、また記事にしてもいいんですが…。

テキストエディタは、秀丸使ってる人が多いですね。とりあえず持ってはいますが、EmEditorを主として使ってます。ただ、有料のアップグレードが鬱陶しいので、最近では、EmEditor無料版とサクラエディタを組み合わせて使ってますが…。

用語並べ替え作業の際に、EmEditorキーバインドはとても便利で、無料版で試してみるといいと思います。Ctrl+Shift+上下カーソルで、行単位の並べ替えが凄くはかどるんですよ。

ちなみに、今後はAtomに移行してやろうかと、研究してるところです。

将来的には、やはり特許翻訳も翻訳メモリでの作業が要求されるようになると思いますが、私の場合、今のところ、案件の技術内容がよくわかっていて、7,000 words以下程度であれば、「用語一括置換+並べ替え」が手っ取り早いかな、といった感覚です。

内容が難しかったり、分量が多い場合は、翻訳メモリのフィルタ機能があると助かりますね。表現の統一やチェックも、やりやすいですし。

皆さんは、どんなふうに作業してらっしゃるんでしょうか。日頃、独りで作業してるので、他の翻訳者さんの作業手順とか、できれば参考にしたいです。

EmacsVim使いの人もいるのかなぁ…。オレはマウスやカーソルキーなんか触らないゾ、とかいう人の話も聞いてみたい。

特許翻訳を自習するには

文芸翻訳と違って、実務翻訳の場合は、なんとなく翻訳者になってたという人が多いように思います。私もそうなんですが。特に、特許翻訳だと、特許事務所に勤務していてなんとなく翻訳やるようになったという無自覚的キャリアパスが多数派なような…。

でも、最初から実務翻訳者を目指して勉強してる人もいるようで、様々な講座や試験などもありますね。

こうした学習者さんの答案を採点したりする機会もあるのですが、立派に使える翻訳を仕上げてくる人も少なからずいます。実務にふれなくても、勉強の仕方はあるようですね。

私は勉強しに行ったり、教えてもらったりというのが苦手なので、新しい分野の勉強をするときには、たいてい書籍で独学します。でも、特許翻訳とか特殊な分野だと、あまり書籍が充実してないのが困りますよね。

特に、和英の教材が少ないように思います。この分野でまとまった本としては、
倉増 一『特許翻訳の基礎と応用
ぐらいだったと思いますが、最近では、
中山 裕木子『外国出願のための特許翻訳英文作成教本
がよいですね。

この本を繰り返し読んで、演習していけば、ちゃんと仕事できるようになると思います。この分野の学習者にはありがたいことだと思います。

中山先生のストイックなお仕事ぶりにふれると、自分の姿勢が恥ずかしくなってしまうのが困りますが、とても良い本だと思います。いくつか細かい疑問点もありますが、それは、そのうちまとめて書くつもりです。アマゾンのレビューとかの方が読んでもらえるかな?

どうでもいいことなんですが、中山先生の話題が、倉増先生とかぶってたりすることがよくあるので、なにかご一緒に研究会とかしてらっしゃるのかな。

中山先生のようには、仕事に熱中できない怠け者ですが、お金を払ってくださる人がいる以上、しっかり勉強して恥ずかしくない仕事を仕上げたいものです。地道にベンキョーしよ。

中間処理

特許事務所は、主として特許庁への出願業務をやるわけですが、案件が特許庁に係属した後、審査官とやりとりすることがあります。ちなみに、日本では、金を払って審査請求というのをやらないと、審査してくれないんですが…。

審査のプロセスで、審査官が理由を示して、特許できないよ~と言ってくることがあります。特許事務所側は、顧客と相談しつつ、審査官の指摘に反論して、特許してもらおうと頑張るのですが、こうした業務を中間処理というのですね。
出願と、査定との間のプロセスだから、「中間」なのかな?

特許事務所に勤めてると、出願とならんで、中間処理もよくやらされるので、その翻訳もなんとなくできるようになるのですが、事務所経験ない人が中間処理翻訳しようとすると、ちょっとハードル高いかもしれません。

中間処理翻訳は、関連文書を読み込んで用語を統一したりと、結構手間がかかるので、まっさらな状態でできる出願文書の翻訳のほうが効率的かも。でも、新規のお客さんを開拓するときなんかに、「中間処理もできます!」とかいうのは、強みですよね。

さらに特許裁判書類もやりますとかいうと、重宝されます。技術系の話題が飛び交うと、リーガル系の訳者さんが敬遠したりするらしくて、私のような未熟者にも、そういう案件が流れてきます。

中間処理や裁判の時には、審査官が編纂した『特許実務用語和英辞典』というのをとりあえず参照する必要があります。ここに出てる用語を使うようにすると混乱が少ないと思うので。
そういえば、一部ネットでも見られますね。

もちろん、違う用語使ってもいいんですが、その場合にも、この本の用語をチェックして、検討しておく必要はあると思います。

この本の後ろには、「起案例」というのがあるのですが、これが中間処理翻訳に使えるか、というと、かなり微妙。読んでもらうとわかりますが…。

沢井・時國『特許翻訳の実務』という本は、ふつうのことがふつうに書いてある本という感じでしかないのですが、最後の方に、「中間処理の翻訳」という章があって、これはちょっと珍しいと思います。中間処理翻訳書いた本ってあんまりないですから。最近不勉強なので、私が知らない良書が出てる可能性はありますけど。

どういう仕事するにしても、特許関係なら、出願、中間処理、裁判という一連の流れを意識しておくとよいように思います。