et al. と「等」
前から気になってたこと、ツイートしたのですが、いろいろ調べるべきこともあるので、記事に残しておこうと思います。
et al. は、and others の意味。others複数だから、通例2人以上を指す。なので、著者2人なら両名とも記載するべきで、3人以上の時にはじめて Yamada et al. がつかえることになる。でも、原文で「山田等」になってて明らかに著者2人なんだけどもうひとりの名は不明というとき、どう訳すか…
— diatom (@diatomjp) December 19, 2017
論文を英訳する場合など、投稿予定があれば、その雑誌の投稿規定に従えばいいだけです。ただ、和文の雑誌に投稿されたものを、英語で読みたい、というだけの要望も結構あって、そうしたときには、投稿規定は関係ない、というか存在しないので、自分で常識的な表記を想定して訳すことになります。
著者3人以上で、「山田等」とされていれば、Yamada et al. とフツウに訳せるのですが、問題は、著者2人の場合。英文では、通例、両名とも表記するのですが、和文では、著者2人でも「等」をつかってしまうケースがあるので困ります。
et al. は、and others の意味なので、語義に忠実に考えるなら、その他が2人以上、つまり略さない人も含めると、合計3人以上の場合にしか使えないことになります。単複の別のない日本語で考える我々は無自覚になりがちなので、こういったところの単複も注意する必要があります。
Websterでも、"Et al. typically stands in for two or more names" とされていて、「等」の部分が2人以上が通例とされています。
やはり、著者2人の場合に、Yamada et al. とするのは、非標準的ということになりそうです。
なので、省略されている他方の著者がわかる場合には、両名とも記載して et al. を使わないようにしています。
ただ、部分訳などの場合、全体の文章が入手できず、調べても出てこないということもあります。そうした場合は、しかたがないので、Yamada et al. と訳してしまい、その表記が非標準的である旨のコメントを付すようにしています。
細かいけれども、気になってしまうポイント。クライアントさんにとっては、それより、誤訳と訳抜けなんとかしろよ!って感じだと思いますが…。
辞書を引いたついでに、カンマについても確認しておきたいです。2名表記して他の複数名を略す場合には、et al. の前にカンマを入れて、
Jones, Lee, et al.
のようにしますが、1名表記して他の複数名を略す場合には、カンマを入れず、
Hadid et al.
のようにすると。
一応知ってるのだけど、うっかりしそうなのでメモ。
emailとmail 可算か不可算か
John Grisham "Playing for Pizza"を読んでいたら、his e-mails to themという表現がありました。e-mailが可算名詞(複数)として扱われているのですね。
mailは不可算名詞なので、e-mailも不可算だったのだとは思います。それで、email messagesなどの表現を使っていたのですが…。
Merriam-Webster Learner's Dictionaryで確認してみると、不可算用法が最初に出ているものの、可算用法もありました。an e-mail messageの意味で、an e-mailとすることができるようです。
ちなみに、e-mailを、単にmailといったりしますけど、mailの項目に、e-mailもすでに載っていました。
mailをe-mailの意味で使うようになると、普通の郵便をどう呼ぶかという問題がありますが、snail mailっていったりしますね。これも見出し語になっていました。
最近では、e-mailよりもemailと書くようになってきている気がしますが、とりあえず、MW Learner'sでは見出し語にはなっていませんでした。もうすぐ載るかな。
emailの問題と関係ないんですが、グリシャムの本、邦訳は上下巻に分かれていて、タイトルが『奇跡のタッチダウン』とちょっと興ざめな感じですが、食や音楽など、イタリア地方都市の大地に根ざした豊穣に圧倒されます。
仲間がトラットリアに集まって、楽しくしゃべりながら、飲むわ食べるわ。GDPには現れていない豊かさ。うらやましいですねぇ。
「備える」と「からなる」
特許分野で、ある装置に、A、B、Cという構成要素がある場合に、
「X装置は、Aと、Bと、Cとを備える。」
と表現しますけど、これは、A、B、Cは最低限含んでいるけど、さらにDも含んでいてもいい、ということを意味する表現です。
訳すと、
An X apparatus comprises A, B, and C.
となります。
ちなみに、クレーム(請求項)などで、X、A、B、Cがいずれも長くなってる場合には、
An X apparatus, comprising: A; B; and C.
のように書くことも、よくあります(文ではなくて、クレーム特有の「句」の表現ですけど)。
英語に慣れてる人だと、be comprised ofが浮かぶと思うのですが、古めかしい正式表現のcompriseを使うのですね。
場合によっては、Dなどを含むと都合がよくなくて、構成要素をA、B、Cだけに限定したいこともあります。それを明確に示すには、
「X装置は、A、B、およびCのみからなる。」
とするわけで、これを英語にすると、
An X apparatus consists of A, B, and C.
となります。特許分野では、consist ofは、他の構成要素を含まないことを示すものと解釈されるので、注意が必要です。
このconsist ofに対応する日本語は、本来、「のみからなる」だったと思うのですが、いつの頃からか、「からなる」だけで、consist ofを意味するように解釈する人が多くなってきたように思います。
ただ、英訳する場合に、原文が「からなる」でも、consist ofと強く表現することは難しくて、やはりcompriseを使いますね。「のみからなる」とはっきり書いてくれてないと、consist ofは使えないです。
compriseは、フツウにみられるbe comprised ofと違って、カッチリしすぎた表現ということなのでしょうか。特許翻訳では、権利範囲を主張する「クレーム」(請求の範囲)には、compriseを使いますけど、技術内容を説明する「明細書」や「要約書」では、compriseではなく、includeを用いる傾向にあります。
ただ、話の流れで、
An X apparatus comprises A.
なんてことになる場合、これを、
An X includes A.
とすると、ちょっと変な感じがするので、そういうときは、
An X apparatus may be A.
と表現することもあります。文脈次第ですけど…。
英語の資格試験
翻訳者として求人に応募する時に、英語の資格が何か必要なのかというと、あまり関係ないと思います。
特許事務所の求人でも、内勤の事務員さんとかは、TOEIC 860点以上だのなんだのと要求されるのに、翻訳者はそういうのがあまりありません。
特に、フリーランスの翻訳者には、トライアルをさせてみて、その結果で合否を決めるので、英語の資格はあまり参考にならないということもあります。それに、雇用するわけではないので、使ってみてダメならすぐ切ればいいのでしょう。
ただ、最近は、入札案件などで、翻訳者はTOEIC 920点以上のスコアが必要とか、奇妙な条件がつくことがあって、それをクリアするためだけに、資格試験を自費で受けなければならない、ということもあるようです。
入札単価がどんどん下がり、能力的に不十分な落札者が品質を下げていくという、負のスパイラルがあります。それをどうにかしようとして、TOEICとかになるのでしょう。
問題の解決には程遠い気がしてため息が出ます。
フツウに翻訳やっている人は、受験してみれば、TOEIC L/Rで900点はいくと思うのですが、その先は、器用さとか、テストスキルなんかで、得点が大きく左右されるような気もします。
大先輩の優秀な翻訳者でも、満点とったことがないという人もいます。逆に、満点であってもそれを仕事に活かせないでいる人もいます。
資格試験用の「英語力」と翻訳の「英語力」とは違うので、アドバイスを求められたときには、あまり受験を勧めません。それよりも、実際に特許明細書を訳してみる方が、よっぽど有用なので。
もちろん、職務経験がない場合などは、工業英検とか、実務内容に近い資格があるといいのかもしれません。トライアル受験の段階で足切りされないためにも。
日本ではTOEICや英検がメジャーですけれど、アメリカであればTOEFL、イギリス系ならIELTSの方が、何かと役に立ちそうですよね。
総合的な英語力が端的に現れるのはスピーキングだと思うので、各種資格試験においてもスピーキング重視の方向がみられます。
私としては、自分の貧弱なスピーキング能力を向上させたいと思っているので、TOEFLやIELTSに興味があります。
でも、日本ではTOEICや英検ほど知られてないので、仕事には使えないかもしれませんね。
英語関係の業界で、TOEFLやIELTSを知らないでどうするの、とは思いますけど、普通の人はそんなに英語にばかり夢中じゃないし、とりあえずTOEICにしておけば面倒が少ないのでしょう。受験料も安いし。
特許翻訳と特許法
特許法を知らないと、特許翻訳はできないかというと、それほどのこともないと思います。知らないでやっている人も多いです。
それでいいかどうかは、別ですけど、需給やコストの制約がありますから、業界の隅々までベスト・プラクティスというわけにはいかないのが現実です。
私の場合、翻訳よりもまず、特許技術者として明細書を書いたり中間処理したりというところからはじめたので、重要な条文は、なんとなく門前の小僧でわかるようになりました。
ですが、そもそも法律を勉強したことがなかったので、その知識は深まっていきません。
当時勤務していた事務所で、特許法の本を読んでみても、あまりよくわかりません。いつまでたっても、現場のノウハウ的な視点から離れることなく、日々の業務に追われていました。
その後、仕事にもある程度慣れて、少し余裕ができたときに、自分のやっていることがよくわかっていないことが気になってきました。それで、ちゃんと勉強しようかなと思うようになったわけです。
まず、大学の一年生が教養課程でやるような法学の入門書を買って、これが面白くなかったらやめようと思ったのですが、意外にもそれが面白い。
それで、調子に乗って、民法を勉強することにしました。特許権の成立には、行政機関が関与するものの、特許権自体は私権なので、民法の財産法が大前提となるのです。
やってみると、民法がとてもおもしろかったのが意外でした。とにかく、民法には、おそろしく頭のいい先生がいて、読んで面白い本がたくさんあります。
さらに、民事訴訟法も勉強してみました。特許法をみるとわかるのですが、手続き面で、民事訴訟法が多く準用されているのです。
そのうえで、行政法も勉強してみると、特許庁(長官)、審査官、審判官というプレーヤーの位置づけや動きについても、見通しがよくなりました。
私は、法学が面白くなったので、趣味のように勉強してしまったのですが、資格試験を目指す方は、こんなふうに勉強してはいけません。
資格試験の勉強が心底嫌いなので、試験対策に適しているかどうかという視点ではなく、純粋に理解しやすい本を選んで楽しく勉強しました。
特許翻訳をしている方が、特許制度や特許法に興味を持った場合、ここまで範囲を広げて勉強することは現実的ではありません。それでも、一冊だけ読んでみようかと思われる方には、
をおすすめします。
著者が元判事なので、特許法に張り付いた視点からではなくて、民事法や行政法にバランスよく目を配りながら、広い視野でわかりやすく解説されています。
弁理士試験対策なら、もっと新しい本や、適した本があるのかもしれません。ですが、特許制度について法学的にしっかりした立場から理解したいのであれば、この本は最適だと思います。
実際の特許を参照した具体的記述もありますので、読んで面白いと思います。細部にとらわれず、早いペースで通読することに注意すれば、楽しく読めることでしょう。
さらに、深みにハマろうという方には、次に重要なのが民法です。
これも、各種資格試験を目指していないのであれば、
米倉明『プレップ民法』
をおすすめします。
これは、入門書だからすすめるというのではなく、本当によく書けている本だからです。膨大な民法財産法を、具体的でシンプルなケースを想定しながら、一筆書きで、サラッと書ききった、天才の仕事。
私は、民法がとてもおもしろくなって、かなり多くの著者の本を読み込んだのですが、勉強がだいぶ進んだ後に、『プレップ民法』を読んで驚愕しました。最初にこれを読んでおけばよかったと思ったものです。
理系も文系もさまざまな分野を勉強しましたが、こんなに良くできた入門者向けの本は他にないと思います。
このあたりから、完全に趣味の領域ですが、次にやるなら民事訴訟法です。ただし、これは、独学がかなり難しいと感じました。
理系の本の場合、アタリマエですが、1章で勉強したことを前提に、2章、3章と積み上げていくようになってます。
つまり、今読んでいるページよりも前が、読者にとっての既知情報、それより後が未知情報ということになっているはず。
それが、多くの民訴の本では、その切り分けの意識が希薄な気がしてしまうのです。
これを、「民事訴訟法学は円環的なのである」とかもったいぶって書く先生もいます。でも、あらゆる学問体系は、円環的なはず。
円環構造を、そのままで初学者に提示するのは、先生のアタマが悪いのか、法学部生の頭が良すぎるか、どちらかです。
民法だって円環的ですが、内田『民法』だって、大村『新基本民法』だって、我妻時代の体系書と違って、既知情報と未知情報をキッチリ仕分けて書いてくれてますから。
私の読んだ中では、唯一の例外的良書が、
林屋礼二『新民事訴訟法概要』
です。現在入手困難ですが、図書館などで読める方は試してみて下さい。今までわからなかったのがバカらしくなるほど、すっきりわかります。民訴だって、やればできるのです。こうやって円環を解きほぐすのだと。
細かくなりすぎますが、入手できるものの中では、
裁判所職員総合研修所『民事訴訟法概説』
というのが、学者が書いた本よりもわかりやすいと思います。読むのは大変ですけど。
さらに、行政法にまで手を広げようとするなら、
稲葉・人見・村上・前田『行政法 第3版 (LEGAL QUEST)』(有斐閣)
とかが良いと思います。一冊にまとまっていて、内容もすっきりと読みやすいので。
憲法学とか、もうイデオロギー的で大変ですが、行政法学はおもしろいですよ。美濃部達吉も、佐々木惣一も、行政法の専門家でした。ここに根ざさない憲法学は、政治的パンフレットに過ぎないと思うぐらいです。
法学には、刑事訴訟法とか、もっと面白い分野もありますが、特許法に関連があるところでは、知財法という意味では著作権法がありますし、独占禁止法も意外に関係が深いのです。
独禁法は、あまり勉強してないので、これからやろうかなぁと思っています。
これだけむやみに勉強したなら、おそらく、法令翻訳するための基礎知識がついたのではないでしょうか。中間処理だけでなく、特許裁判関係の翻訳が視野に入ってきますね。