実務翻訳雑記帳

特許・技術・法務系の和英翻訳ノート

スキルの掛け算?

複数分野のスキルを組み合わせることで、希少性のある人材になれるという話をよく聞く。ある分野で100人のうちの1人になるまでスキルを磨き、さらに別の分野で同様に修練すれば、両者の掛け算で1万人に1人の人材に成れるとか。

さらに、これらの専門分野が異なっていればいるほど、両軸のなす角度が大きくなり、掃引できる面積が広くなるらしい。

確かに、こんなふうにできれば良いとは思うけれど、実際のところ、専門分野のスキルを維持するためには、実務で頻繁に使うか、あるいは定期的な復習が必要になる。常に意識を向けていないと、スキルはすぐに陳腐化する。溜まった水が腐るように。

現実的な方針としては、実務に使う主なスキルが一つと、それに関連したスキルをもう一つといったところではないだろうか。「角度」が小さければ、掃引する面積も狭くなるけど、頻繁に参照することになるので色が褪せない。


自分でも、いくつかの専門分野を愚直に学んできたけれど、実務上の専門から離れた分野は、スキルの維持が難しい。

様々な分野を貪欲に学ぶ時期があってもよいけれど、一通りやって気が済んだら、メンテナンスを継続可能な分野を絞り込む必要があると思う。スキルの断捨離というか、ときめかないスキルを切り捨てるというか…。

 

実務の中心を特許和英翻訳に置く場合、いくつかの技術分野の知識とともに、法学の知識が重要ではある。特に、特許法民法民事訴訟法、行政法は、一応わかっていたほうがいい。

ただし、どれもこれも深く学べばいいというわけでもない。最重要の特許法であっても、弁理士になるのでなければ、いわゆる「方式」分野の知識はあまり必要ではなくて、中心となるのは「実体」に関する法令と判例に絞られる。弁理士というフロントマンに任せるべきは任せて、特許技術者や翻訳者は、下士官の役割に徹して、実体面を深く掘っていく方がいい。「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」というわけでもないけど、広げるべき分野の角度は、士官と下士官とでは自ずと異なる。


このところ、錆びついた知識をどうにかしようと、いろいろ復習していたこともあって、「スキルの掛け算」という安易な言葉が気になってしまった。もちろん、複数分野のスキルを常に維持できる人もいるけれど、それは、もともと1万人に1人の人材だったのでは、と思ったり…。