実務翻訳雑記帳

特許・技術・法務系の和英翻訳ノート

二重懸垂技法

かなり古いけれど、英訳の参考書として、以下の一冊を挙げておきたい。
小正幸造『すぐれた英語翻訳への道―創造する翻訳者が使う技法集』

英訳を始めた頃に一読し、とても勉強になった。

特に、目から鱗が落ちる思いがしたのが「二重懸垂技法」(p.78〜)。

和文の読者は、主部が長くてなかなか述部が出てこなくとも、きちんと文を追ってくれるのだが、これをそのまま英語にすると、とても読みにくいものになってしまう。英語は、長い主部を嫌うので、それをなるべく短くする工夫が必要。その技法のひとつが、この二重懸垂技法である。

最初に挙げられた例文は、

"Estimates of the reserves of sand and gravel in the three main gravel pits were made."
「主要砂利採掘場3か所にある砂と砂利の量の見積もりが出た。」

というもので、長い主部の最後に、短い述部(were made)が付加された構造で、英文としては不安定で読みにくい。

このような文を書くとき、ネイティブ・ライターは、半ば無意識に、主部を構成するof句を、述部の後に移動させてしまうのだという。すなわち、

"Estimates were made of the reserves of sand and gravel in the three main gravel pits."

というように、「見積もり」が「出た」と、まず言い切ってしまい、その後に、主語を修飾するof句をぶら下げ、ゆっくり説明する。この形式が、英語として自然で、安定感があるということのようだ。

この技法は、of句に限らず、他の前置詞句、不定詞句などにも利用可能で、同書には、様々な用例が挙げられている。さらに、関係詞節にも利用可能であり、同書の例を一つ挙げておく。まず、頭の重いままの文は、

"A safety device that automatically detects rotor overspeed is incorporated."
「各ローターのオーバースピードを自動検知する安全装置が付いています。」

二重懸垂技法を適用すると、
"A safety device is incorporated that automatically detects rotor overspeed."
と、安定した形になる。

特許翻訳を発注する日本の顧客は、英文としての自然さよりも、逐語的な対応を重視する傾向にある。このため、二重懸垂技法は歓迎されないだけでなく、酷い場合には「文法的な誤り」として訂正されることもよくある。

しかしながら、英米人が起案した特許文書を注意して読むと、この二重懸垂技法は決して特殊なものではないことがわかる。"an apparatus is provided that"という表現など、実際に多用されている。

顧客の好みによっては、英訳には使えないかもしれないけれど、この技法を少し意識しておくと、英文を読むときに混乱が少なくなると思う。