実務翻訳雑記帳

特許・技術・法務系の和英翻訳ノート

et al. と「等」

前から気になってたこと、ツイートしたのですが、いろいろ調べるべきこともあるので、記事に残しておこうと思います。  

 

論文を英訳する場合など、投稿予定があれば、その雑誌の投稿規定に従えばいいだけです。ただ、和文の雑誌に投稿されたものを、英語で読みたい、というだけの要望も結構あって、そうしたときには、投稿規定は関係ない、というか存在しないので、自分で常識的な表記を想定して訳すことになります。

著者3人以上で、「山田等」とされていれば、Yamada et al. とフツウに訳せるのですが、問題は、著者2人の場合。英文では、通例、両名とも表記するのですが、和文では、著者2人でも「等」をつかってしまうケースがあるので困ります。

et al. は、and others の意味なので、語義に忠実に考えるなら、その他が2人以上、つまり略さない人も含めると、合計3人以上の場合にしか使えないことになります。単複の別のない日本語で考える我々は無自覚になりがちなので、こういったところの単複も注意する必要があります。

Websterでも、"Et al. typically stands in for two or more names" とされていて、「等」の部分が2人以上が通例とされています。

やはり、著者2人の場合に、Yamada et al. とするのは、非標準的ということになりそうです。

なので、省略されている他方の著者がわかる場合には、両名とも記載して et al. を使わないようにしています。

ただ、部分訳などの場合、全体の文章が入手できず、調べても出てこないということもあります。そうした場合は、しかたがないので、Yamada et al. と訳してしまい、その表記が非標準的である旨のコメントを付すようにしています。

細かいけれども、気になってしまうポイント。クライアントさんにとっては、それより、誤訳と訳抜けなんとかしろよ!って感じだと思いますが…。

 

辞書を引いたついでに、カンマについても確認しておきたいです。2名表記して他の複数名を略す場合には、et al. の前にカンマを入れて、

Jones, Lee, et al.

のようにしますが、1名表記して他の複数名を略す場合には、カンマを入れず、

Hadid et al.

のようにすると。

一応知ってるのだけど、うっかりしそうなのでメモ。

 

emailとmail 可算か不可算か

John Grisham "Playing for Pizza"を読んでいたら、his e-mails to themという表現がありました。e-mailが可算名詞(複数)として扱われているのですね。

mailは不可算名詞なので、e-mailも不可算だったのだとは思います。それで、email messagesなどの表現を使っていたのですが…。

 

Merriam-Webster Learner's Dictionaryで確認してみると、不可算用法が最初に出ているものの、可算用法もありました。an e-mail messageの意味で、an e-mailとすることができるようです。

ちなみに、e-mailを、単にmailといったりしますけど、mailの項目に、e-mailもすでに載っていました。

mailをe-mailの意味で使うようになると、普通の郵便をどう呼ぶかという問題がありますが、snail mailっていったりしますね。これも見出し語になっていました。

 

最近では、e-mailよりもemailと書くようになってきている気がしますが、とりあえず、MW Learner'sでは見出し語にはなっていませんでした。もうすぐ載るかな。

 

 

emailの問題と関係ないんですが、グリシャムの本、邦訳は上下巻に分かれていて、タイトルが『奇跡のタッチダウン』とちょっと興ざめな感じですが、食や音楽など、イタリア地方都市の大地に根ざした豊穣に圧倒されます。

仲間がトラットリアに集まって、楽しくしゃべりながら、飲むわ食べるわ。GDPには現れていない豊かさ。うらやましいですねぇ。

 

 

奇跡のタッチダウン 上 (ゴマ文庫)

奇跡のタッチダウン 上 (ゴマ文庫)

 

 

 

「備える」と「からなる」

特許分野で、ある装置に、A、B、Cという構成要素がある場合に、

「X装置は、Aと、Bと、Cとを備える。」

と表現しますけど、これは、A、B、Cは最低限含んでいるけど、さらにDも含んでいてもいい、ということを意味する表現です。

訳すと、

An X apparatus comprises A, B, and C.

となります。

ちなみに、クレーム(請求項)などで、X、A、B、Cがいずれも長くなってる場合には、

An X apparatus, comprising: A; B; and C.

のように書くことも、よくあります(文ではなくて、クレーム特有の「句」の表現ですけど)。

英語に慣れてる人だと、be comprised ofが浮かぶと思うのですが、古めかしい正式表現のcompriseを使うのですね。


場合によっては、Dなどを含むと都合がよくなくて、構成要素をA、B、Cだけに限定したいこともあります。それを明確に示すには、

「X装置は、A、B、およびCのみからなる。」

とするわけで、これを英語にすると、

An X apparatus consists of A, B, and C.

となります。特許分野では、consist ofは、他の構成要素を含まないことを示すものと解釈されるので、注意が必要です。

このconsist ofに対応する日本語は、本来、「のみからなる」だったと思うのですが、いつの頃からか、「からなる」だけで、consist ofを意味するように解釈する人が多くなってきたように思います。

ただ、英訳する場合に、原文が「からなる」でも、consist ofと強く表現することは難しくて、やはりcompriseを使いますね。「のみからなる」とはっきり書いてくれてないと、consist ofは使えないです。


compriseは、フツウにみられるbe comprised ofと違って、カッチリしすぎた表現ということなのでしょうか。特許翻訳では、権利範囲を主張する「クレーム」(請求の範囲)には、compriseを使いますけど、技術内容を説明する「明細書」や「要約書」では、compriseではなく、includeを用いる傾向にあります。

ただ、話の流れで、

An X apparatus comprises A.

なんてことになる場合、これを、

An X includes A.

とすると、ちょっと変な感じがするので、そういうときは、

An X apparatus may be A.

と表現することもあります。文脈次第ですけど…。

英語の資格試験

翻訳者として求人に応募する時に、英語の資格が何か必要なのかというと、あまり関係ないと思います。

特許事務所の求人でも、内勤の事務員さんとかは、TOEIC 860点以上だのなんだのと要求されるのに、翻訳者はそういうのがあまりありません。

特に、フリーランスの翻訳者には、トライアルをさせてみて、その結果で合否を決めるので、英語の資格はあまり参考にならないということもあります。それに、雇用するわけではないので、使ってみてダメならすぐ切ればいいのでしょう。

ただ、最近は、入札案件などで、翻訳者はTOEIC 920点以上のスコアが必要とか、奇妙な条件がつくことがあって、それをクリアするためだけに、資格試験を自費で受けなければならない、ということもあるようです。

入札単価がどんどん下がり、能力的に不十分な落札者が品質を下げていくという、負のスパイラルがあります。それをどうにかしようとして、TOEICとかになるのでしょう。

問題の解決には程遠い気がしてため息が出ます。

 

フツウに翻訳やっている人は、受験してみれば、TOEIC L/Rで900点はいくと思うのですが、その先は、器用さとか、テストスキルなんかで、得点が大きく左右されるような気もします。

大先輩の優秀な翻訳者でも、満点とったことがないという人もいます。逆に、満点であってもそれを仕事に活かせないでいる人もいます。

資格試験用の「英語力」と翻訳の「英語力」とは違うので、アドバイスを求められたときには、あまり受験を勧めません。それよりも、実際に特許明細書を訳してみる方が、よっぽど有用なので。

もちろん、職務経験がない場合などは、工業英検とか、実務内容に近い資格があるといいのかもしれません。トライアル受験の段階で足切りされないためにも。

 

日本ではTOEICや英検がメジャーですけれど、アメリカであればTOEFL、イギリス系ならIELTSの方が、何かと役に立ちそうですよね。

総合的な英語力が端的に現れるのはスピーキングだと思うので、各種資格試験においてもスピーキング重視の方向がみられます。

私としては、自分の貧弱なスピーキング能力を向上させたいと思っているので、TOEFLやIELTSに興味があります。

でも、日本ではTOEICや英検ほど知られてないので、仕事には使えないかもしれませんね。

英語関係の業界で、TOEFLやIELTSを知らないでどうするの、とは思いますけど、普通の人はそんなに英語にばかり夢中じゃないし、とりあえずTOEICにしておけば面倒が少ないのでしょう。受験料も安いし。